SUPER EIGHT(元関ジャニ∞)のメンバーとして幅広く活躍する横山裕さん。
その明るく頼もしい姿の裏には、複雑で壮絶な生い立ちがあります。
幼少期の家庭環境や母との別れ、弟たちを支えるための苦労は、彼の人生観や活動に大きな影響を与えました。
この記事では、横山さんの生い立ちから現在の活動、そして人々を感動させる理由に迫ります。
\横山裕さんといえば「コタローは1人暮らし」でのコタローくんに振り回される役がなんともかわいく面白いドラマが印象的です↓↓↓/
横山裕さんは1981年5月9日、大阪市此花区に生まれました。3歳のときに両親が離婚し、母親に引き取られて育ちます。5歳のときには母が再婚し、6歳下と8歳下の異父弟が誕生しました。しかし家庭は決して裕福ではなく、母の体調不良もあって生活は厳しいものでした。
母が胃がんを患ったことをきっかけに、弟たちは一時的に児童養護施設へ預けられることになりました。横山さんは中学卒業後に建設会社へ就職。学業を終えたばかりの若さで、家計を支えながらジャニーズJr.としての活動を始めます。弟たちの学費や生活費を背負って働く姿は、当時から強い責任感に満ちていました。
2010年、最愛の母を亡くした横山さんは大きな喪失感に直面します。しかし同時に、弟たちと共に生活し支える決意を固めました。亡き母の代わりに兄として一家を守り抜く姿は、彼の人柄を象徴するエピソードとして多くの人々に感動を与えています。
横山さんがジャニーズ事務所に入所したきっかけも、母の行動でした。中学3年生のとき、同級生がジャニーズJr.としてテレビに出ているのを見た母が「うちの子も」と履歴書を送ったのです。母の信頼と期待が、横山さんを芸能界へと導きました。
SUPER EIGHT[関ジャニ∞]の「司令塔」と呼ばれる横山さんは、MC力とリーダーシップでグループを支える存在です。メンバー同士の絆を大切にしながら、笑いも感動も届けるその姿には、幼少期の経験が根底に流れています。困難を乗り越えてきたからこそ、仲間や観客への思いやりが自然と表れているのでしょう。
横山さんの生い立ちは、現在の活動にも深く影響しています。2025年「24時間テレビ」ではチャリティーマラソンランナーを務め、105キロを完走しました。経済的に困難な子どもたちを支援する目的で走り抜き、ゴールでは「オカン、俺やったぞ!」と亡き母に向けて涙ながらに叫びました。
募金総額は7億円を超え、社会に大きなインパクトを与えました。過去の経験を自らの力に変え、多くの人々に勇気を届ける姿は、まさに横山裕さんの人生そのものを体現していました。
「横山裕 生い立ち」を振り返ると、複雑な家庭環境や母の死という苦難を背負いながらも、弟たちを守り、自らの道を切り拓いてきた姿が浮かび上がります。
その歩みは彼をただのアイドルではなく、人間としての強さと優しさを持つ存在へと育てました。現在の横山裕さんが多くの人々から愛されるのは、その背景に壮絶でありながら温かい生い立ちがあるからにほかなりません。